この鉄路の発達は明治二十二年(1889)には東海道線の東京新橋〜神戸間が全通し、大正時代に入ると東海道線の主要駅を結ぶ、南北に伸びる軽便鉄道が生まれ、その計画数と実数は全国では今日予想を遥かに越えた数であったと言われている。これらの軽便鉄道も、昭和の三〇年代に入ると、バスや自家用車の普及にともない鉄道の利便性を失い多くの鉄路が過去のモノとして消えていった。
この一時代に光り輝いた鉄路にいろいろな思い出を持った人々は全国では数え切れないほどの人数であり、過ぎ去った過去への郷愁とその足跡を訪ねた紀行である。